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健康コラム

#3 遺伝(いでん)カウンセリングにおける色々なお話「流産のこと、確率のこと、出生前検査」について

流産の原因に関するカウンセリング

 私の流産の原因は何なのか、流産の原因に遺伝的な要因はあるのか、妊娠したが胎児に染色体の異常の心配はないのか、遺伝的な疾患はないか、この次に妊娠したときにもまた流産するのではないか、遺伝的な疾患がまたおこるのではないか、といったような様々な疑問や心配に関して相談をする遺伝カウンセリングの現場においては、何%くらいに認められるとか、何%くらいの確率でおこるという言葉をよく使います。

 流産の原因に関してカウンセリングを希望するご夫婦には、次のように説明します。通常妊娠しましたといって外来を受診する妊婦の10人に1.5人 (15%)が流産します。流産した原因を調べると、約70%に流産胎児の染色体異常(主に数の異常)が認められ、このことが原因で流産したと考えられます。この染色体異常は偶発的に発生し避けられないものです。残りの30%には染色体異常が認められず、主に母体側に原因があると考えられています。しかし、これら30%のなかにも染色体そのものの異常(遺伝子の異常など)が10%くらい含まれていると考えられていて、全体で約80%は胎児の染色体異常が原因での流産、20%が母体側が原因での流産と考えられています。このように流産の多くは偶発的におこる胎児の染色体異常が原因となりますが、流産を繰り返す場合はどうなのでしょうか。先述しましたが、1回の流産がおこる確率は15%であり、珍しいことではありません。ただし、2回流産が続く確率は4%、3回流産が続く確率は0.8%となり、かなり頻度が下ってきます。したがってこのような場合には、胎児染色体異常の他に別の原因はないのかを考えなければいけません。つまり母体側に原因がある可能性を検索する必要があります。抗リン脂質抗体症候群などの血液凝固異常、子宮の形態異常、甲状腺などの内分泌機能異常の検査が必要になります。また御夫婦の染色体構造異常などが存在していないかどうかも検索することになります。

 また次のような考え方もあります。妊婦の10人に1.5人が流産するということは、確率では約1/6で流産するということになります。先に話したように流産の原因の多くは胎児の染色体異常であり、染色体異常の胎児はそのほとんどが淘汰され、流産するようになっています。したがって確率1/6で流産することは偶発的で避けることができないと考えます。確率1/6で思いつくのは、サイコロです。サイコロを振って1の目が出たら流産になるとしましょう。1回目に1が出たとします。確率は1/6のことなのでよくあることかもしれません。2回目も1が出たとします。確率は1/36のことなので、これもそんなには珍しいことではないかもしれません。3回目も1が出たとします。確率は1/216であり、3回連続の流産はかなり珍しいことです。そして、これは何かありそうだと考えます。サイコロに何かしかけがある、すなわち流産の確率が他の人とは違うと考えます。母体側の妊娠環境に何か問題があるか、御夫婦のどちらかに染色体の構造異常が存在して流産しやすくなる原因があるかもしれないと考え、やはり検査を勧めることになります。

 残念ながら流産に至ってしまった場合には、流産胎児の絨毛染色体検査により胎児の染色体異常の有無を検索することが重要となります。この結果により、必要な場合には次回妊娠のための検査を計画、さらに必要な加療を開始することが可能となります。また特に過去に2回以上の原因不明な流産を反復している場合(不育症の症例)は、やはり次の妊娠前に不育症の原因検索として、母体側の原因の検査や御夫婦の染色体検査などを追加することをお勧めします。流産胎児の絨毛染色体検査を行わなければ、残念ながら流産の原因は全て不明ということになってしまいます。

 流産を繰り返しているが、検査を全く受けていない方。あきらめる前にご夫婦でカウンセリングを受けたらどうでしょうか。流産の原因を検索する検査を受けて流産の原因が推測できたら、必要な治療を受けましょう。また流産の原因を検索したが不明であり、次回の妊娠も流産になるのではないかと心配するご夫婦にはこのようにカウンセリングします。流産の原因は不明でした。次回の妊娠がうまくいくかは判りません。何か原因があって流産の確率が通常の人より高くなっているのかもしれませんが、流産しない確率もちゃんと存在します。生児が欲しいのなら、妊娠しなければチャンスはありません。原因が不明でもあきらめなければ、流産をくりかえす人の85%が無事に出産までたどりつくことがわかっています。40%の女性が生涯に流産を経験するそうです。

ダウン症候群に関するカウンセリング

 ダウン症候群の児が生まれるかもしれないという不安で、羊水検査を希望する御夫婦にはこのようにカウンセリングします。羊水検査でわかることは、ダウン症候群のような胎児の染色体の数の異常(21番染色体が3本あります、21-トリソミーと言います)や染色体の構造異常だけです。染色体のなかの遺伝子の異常や、胎児に奇形があるか、心臓に異常はないか、将来病気にならないかなどといったことは判りません。また経腹的に穿刺して羊水を採取しての検査ですので、胎児に対しての危険性があります。300人に1人くらいの確率 (0.3%) で流産をおこすことがあります。ところで、母親の年齢が高いとダウン症候群などの染色体異常の児が生まれる確率が高くなることがわかっています。ダウン症候群はおおよそ40歳で84人に1人くらい(約1%)で、35歳で338人に1人くらい(0.3%)です。35歳以上では染色体異常の児が生まれるというリスクの確率が、検査で流産するというリスクの確率より高くなります。35歳未満では検査で流産するというリスクの確率のほうが、染色体異常の児が生まれるというリスクの確率より高くなります。妊婦さんが35歳以上になると、羊水検査の対象ではないかと考えている人もいますが、それはこのような理由からなのです。

 40歳でダウン症候群の児が生まれる確率はおおよそ84人に1人くらい(約1%)です。30歳でダウン症候群の児が生まれる確率は959人に1人くらい(約0.1%)です。40歳は30歳より10倍くらい確率が上がります。別の見方をすると、40歳は99.0%、30歳は99.9%で正常の児が生まれます。なんだ、正常の児が生まれる確率は0.9%くらいしか下がらないのかという考え方もあります。40歳でたまたま4回目の妊娠をした母親は、84分の1の確率を大きいと考えて心配するかもしれません。不妊治療後10年目にしてようやく妊娠にこぎつけた40歳の母親は、なんだ99%の人は大丈夫かと考えるかもしれません。降水確率1%で、傘を持ってお出かけする人はどのくらいいるのでしょうか。確率に対する印象や考えは、その人によってとらえ方が違うのです。35歳以上だから、羊水検査をしなければいけないということはありません。40歳以上でも羊水検査の必要性を認めないなら、検査を受けることはないでしょう。34歳以下でもご夫婦で相談して何かの理由で必要性を認めれば、施行していけないというものでもありません。ちなみに、母体に何か問題(薬を飲んだとか)がなくても、先天的な疾患をもつ児は、出生児の3.0〜5.0%くらいに生まれます。

 約何%ですという確率の値の印象は、それを受け取る人により様々です。100%の確率で何々です。何々の確率は0%ですと言われれば受け取りやすいかもしれませんが、遺伝の確率の説明の多くはそうではありません。悩まれるご夫婦が多いと思います。そういう場合はぜひ遺伝カウンセリングを受けて、考え方の参考にし、一緒に遺伝について考えたら良いのではと考えております。

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NIPT(母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査)について

 最後に、最近では、羊水検査に変わってNIPT(母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査)を受けられる妊婦さんが多くなっています。この検査は母体の血液に含まれる微量な胎児由来のDNAを解析することで胎児の染色体異常を見つけるというものです。羊水検査でわかる染色体疾患の2/3程度の異常しか検出はできませんが、羊水検査に比べれば母体と胎児にとってはともかく安全な検査です。更に技術の進歩で解析可能な染色体異常の数は増えています。しかし現在日本で解析を許可された異常の対象は、21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの3つの染色体異常です。特に21トリソミー(ダウン症候群)の検出率が高く、偽陰性(ダウン症候群ではないと報告され、実際はダウン症候群であった確率)が少ない検査です。しかしこの検査は非確定的検査であるため、陽性と判定され染色体異常が疑われた場合には羊水検査による確定検査を受ける必要があります。特に注意していただきたいことは、この検査は簡便に母体血の採血のみで行えるため、専門知識のない医療機関でも施行可能であり、このために事前の十分な説明が医療者から行われず、検査の意義や目的が理解されないまま検査が施行されやすいということです。その結果として、検査結果の解釈に疑問や問題が生じた場合には、妊婦さんが困惑することが多いということです。更に困ったことに、検査後に説明を受けたくても対応してもらえないことが多いようです。このために、この検査を受けられるかどうかは、NIPTの認可施設において十分な遺伝カウンセリングをご夫婦ともに受けられた後、お二人でよく相談して決められることが最善と考えております。

阪西 通夫(ばんざい みちお)

現  職 特任副院長 地域周産期母子医療センター長
資  格 日本産科婦人科学会専門医、指導医
日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医、臨床遺伝指導医
日本周産期・新生児医学会周産期専門医、指導医
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