健康コラム
第27話 じっと手を見て考える~指についてのあれこれ~
整形外科 石垣大介
指の呼称について
一般的には「親指」「人差し指」「中指(なかゆび)」「薬指」「小指(こゆび)」でしょうか。一番太くてしっかりしているから親指、人を指差すときに使うから人差し指、真ん中の指だから中指、一番小さい指だから小指。これはよくわかりますよね。ではなぜ「薬指」でしょうか。薬をつける時に使う指だから、という話を聞いたことがあります。でもふつう薬を塗るときにこの指を使う人はあまりいないかもしれません。使いにくいですよね。で、調べてみました。薬師(くすし)指というのが原型だとの説があるようです。ずっと昔、第4指は呪術的な力を持っており病気を癒す力があると考えられており、この指の魔力を使って調合した薬で患者を助けるのが薬師、つまり医者だったのだそうです。
一方、英語での呼称を見てみると、順番に「thumb」「index finger」「long finger」「ring finger」「little finger」となります。Index=指し示す、long=長い、ring=指輪、little=小さい、ですから何となく納得できますね。ではthumbとは何でしょう。そもそもこれだけ「finger」の語がついていません。語源を調べると古英語で「ふくれた」の意だそうです。また、thumbには「不器用な」の意味もあります。他の指とは別な方向を向いており、関節も一つ少なく、太くて短くて、役割が異なる不器用な指、そんなイメージだったのでしょうか。 ちなみに、医学用語として表記する場合は「母指(ぼし)」「示指(じし)」「中指(ちゅうし)」「環指(かんし)」「小指(しょうし)」といっています。
指の構造
指は3つの骨(基節骨、中節骨、末節骨)からなっています。骨の継ぎ目が関節で、曲げ伸ばしができるようになっています。母指は2つ、他の指は3つの関節があります。指を動かすときに働くのが「腱(けん)」で、指を伸ばすための伸筋腱と曲げるための屈筋腱があります。腱を骨の上に押さえるように張っているのが「腱鞘(けんしょう)」です。指に血液を供給する動脈、指の感覚を司る神経は各々2本づつあり、指の両脇を並んで走っています。 そして、これらの構造物を皮膚が包んでいます。皮膚は手のひら側と甲側で性質が違っており、手のひら側は厚く、毛がなく、感覚が鋭敏で汗で湿っていて、関節部分にしわがあります。一方手の甲側は薄く柔軟で伸びやすく、毛が生えています。また、指先には爪がありますね。我々医師は、これらの構造物に異常がないかを考えながら診察しています。
指の役割
使いやすい指であるためには、ある程度の長さがあり、変形がなく、安定性があり、かつよく動くこと、さらには知覚があることが必要といわれています。手指の働き(これを機能と言っています)には「さわる(触れて感じる)」「つまむ」「握る」「弾く」「はさむ」「押す」「叩く」「引っかける」・・・等があり、日常生活で大事な役割を担っています。更に色々な動作でコミュニケーションをとる道具にもなります。指の動きには「表情がある」と言いますが、本当に顔の表情と同じくらい意志と意味を感じますよね。 また、それぞれの指の役割にも違いがあり、求められる機能も異なります。例えば母指は他の指と対向するように十分開くことが重要です。示指と中指はものをつまむために、長さと鋭敏な知覚が要求されます。一方環指と小指は力を入れて握るために、よく曲がること、力が入ることが必要です。
指の障害と不自由
では、指は本当に5本必要なのでしょうか。確かに1本でも指に不具合があると何をするにも不自由な気がします。指に怪我をして受診される患者さんが、「利き手でなくてよかった」とか、「親指や人差し指じゃなくて小指だったからまだよかった」とかおっしゃることがあります。でも実際にその状態で暮らしてみると、次に来院したときには多くの方が「やっぱり大変だね」と感じるようです。見た目は普通でも、指先の感覚がない指は非常に使いづらく、不自由も大きいものがあります。爪をはがしてしまっただけでもつまむときの力が入らなくなります。病気ではありませんが、爪を深く切りすぎた時は小さいものがつまみにくいですよね。やはり手は両側の10本指が支障なく働いてこそ不自由なく暮らせるようです。
一方で、手の先天異常という、生まれつき手指に障害を持って生まれてきた子供たちがいます。指の数が少なかったり、極端に短かったり、変形していたりしているのですが、この子たちは驚くほど器用に何でもできます。指が2本しかなくても、上手に字を書き、食事をし、ゲームやスポーツができます。つまり不自由を感じていないのです。彼らを見ていると、人間の体には障害を代償する力が備わっているのだなと感じます。障害は、その人自身がそう思わなければ障害にならない、という側面はあるかもしれません。
指の疾患・外傷と手外科医
指に何らかの問題が起こった時には、痛みの他に知覚異常(感覚が鈍い、おかしい)、動きの障害(曲がらない、伸びない)、腫脹(腫れている、できものがある)、変形(曲がっている、傾いている)、創(傷ついて出血する)変色(色が変だ)、さらには生活、仕事、スポーツ、楽器演奏上の支障(うまく使えない、できない)といった症状が出ます。こういった手や指の問題を診断し治療する、手外科医という人たちがいます。整形外科医もしくは形成外科医の一部がこの人たちであり、現在全国で750名程度が手外科専門医として活動しています。がんを治療して命を助けたりすることにはあまり役立たないかもしれませんが、小指の先の関節が少し曲げられるようになったとか、親指に力が入るようになってボタンかけができるようになったとか、そんなことに無上の喜びを感じるお医者さんたちです。私もその一人として、じっと手を見て、触って、何が問題なのか、どうすれば少しでも改善させることができるのかを考えていきたいと思っています。
石垣大介(いしがき だいすけ)
昭和38年生まれ
出身地 山形県山形市
最終学歴 山形大学医学部卒業
職 歴 平成15年4月 済生会山形済生病院入職
資 格 日本整形外科学会専門医
日本手外科学会 認定手外科専門医
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