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健康コラム

第51話 「培養室(ばいようしつ)からこんにちは」

はじめに

妊娠にいたるには、排卵、受精、着床という3つのプロセスがありますが、この段階のうちどこかひとつでも問題があると妊娠しにくくなります。不妊症とは、日本では、日本産科婦人科学会が「避妊をしないで、1年以内に妊娠しない場合」を定義しています。現在約5組に1組が不妊症といわれています。世界保健機構(WHO)の発表によると、不妊原因の比率は、女性側(妻)約4割、男性側(夫)約2割、両方(ご夫婦)約2割で、約1割は原因不明といわれています。

不妊治療を始める前に、妊娠を妨げている原因を探るために検査を行い、検査結果に合わせて治療を進めていきます。不妊治療は、大きく一般不妊治療(タイミング法と人工授精)と、高度な生殖技術を用いた生殖補助医療:ART(体外受精・顕微授精・凍結融解胚移植等)に分けることができます。

不妊治療の主な流れは、タイミング法→人工授精→生殖補助医療 となるのが一般的ですが治療の進め方は個人によって違います。今回は、不妊治療の中でも、特に私達胚培養士と関わり合いの深い、'ART'についてお話しさせていただきます。

ARTとは(ART:Assisted Reproductive Technology)

体外で卵子と精子を受精させた後、受精卵(胚)を女性の子宮腔内に戻す体外受精をはじめとして、高い技術により不妊症を手助けする方法の総称で、主に以下のようなものがあります。
• 体外受精・胚移植法(IVF-ET:In Vitro Fertilization and Embryo Transfer)
• 顕微授精法(ICSI:Intracytoplasmic Sperm Injection)
• 胚の凍結保存
• 胚の融解胚移植(FET:Frozen-thawed Embryo Transfer)

①体外受精―胚移植(IVF-ET)とは
医師が採取した卵子に、調整した運動精子を振りかけ自然に受精するのを待ちます。 その後、受精卵(胚)を子宮腔内に移植する方法です。

図Ⅰ 体外受精―胚移植の流れ.JPG

   体外受精-胚移植の流れ 松波医師採卵参考図

図Ⅱ 卵の成長の図 健康講話.jpg
10受精-分割 図ⅵ.JPG

   卵の成長の図 松波医師参考図         受精分割 松波医師参考図

②顕微授精(ICSI)とは
体外受精の受精方法の1つで、極細のガラス管を用いて顕微鏡の下で、卵子の細胞質内に直接精子を注入して授精を促す方法です。

③受精卵(胚)の凍結保存とは
移植した胚以外で良好な胚があった場合や子宮環境が着床に適さないと診断された場合に液体窒素にて凍結保存する方法です。

④凍結融解胚移植とは
以前凍結保存しておいた受精卵(胚)を融解して移植する方法です。

ARTの歩み

1978年7月
イギリスにおいて世界初の体外受精児が誕生し、当時'試験管ベビー'と呼ばれました。
1983年10月
東北大学において日本初の体外受精児が誕生しました。
2010年
世界で最初に体外受精を成功させた'Robert Edwards博士'が'ノーベル医学・生理学賞'を受賞しました。
2017年
全国で行われた治療周期は、約455万周期で、ARTで産まれた児が過去最多の56,617人となり、16人にひとりがART出生児であるとの報告がありました。(図Ⅰ参照)
年齢における妊娠率・流産率の推移として
年齢が上がると妊娠率の低下がみられ、一方で流産率は上昇します。その結果、生産率も低くなります。特に、40歳を超えるとこの傾向は著明になります。(図Ⅱ参照)

ART出生児数.png

図Ⅰ:ARTの出生児数の変化(日本産科婦人科学会ART登録により作成した図)

流産編集後.jpg

図Ⅱ:ART年齢別の妊娠率 流産率の図(日本産科婦人科学会ART登録より数値引用し抜粋した図)

近年の傾向(流れ)について

近年の傾向としては、凍結融解胚移植による出生が増加し、ART出生児のうち約85%が凍結融解胚移植にて出生しています。 凍結融解胚移植が増加している理由として以下の事柄が挙げられます。
・凍結・融解技術が向上した事。
・一旦凍結することで、着床に適した環境に移植できるようになった事。 結果、凍結融解胚移植が多くなり、妊娠率も増加しました。(図Ⅲ参照)

年別出生児数編集後.jpg

図Ⅲ:年度別 出生児数の変化の図(日本産科婦人科学会ART登録より引用)

胚培養士について

当院には胚培養士が3人在籍しています。胚培養士は、医師が採取した卵子と、ご主人からお預かりした精子を調整後、体外受精または顕微授精を行い、その後の受精卵(胚)の成長を見守ることが主な役割です。成長を見守った後は、胚移植や胚の凍結・融解、他にも医師の説明に加えて胚の説明も行っています。 業務を行ううえで特に以下のことに気をつけています。
・体内環境により近い環境や受精卵(胚)に対してストレスを与えない環境に整えること。
・ミスを起こさない、ミスが起きない行程を徹底すること。
・高い倫理観やモラルが要求されることを自覚し、患者さんに提供できる高い知識・技術の研
 鑽をすること。

当院について

当院では、2003年2月当院初の体外受精児が誕生しました。
当院の特徴としては...
・日本産科婦人科学会の登録施設です。
・山形県特定不妊治療費助成事業実施医療機関です。
・泌尿器科と連携し、TESE―ICSI(精巣内精子顕微授精)を行っているのは県内では当院のみ
 です。
・当院は総合病院である為、他科と連携しながら治療が進めることができます。
臨床遺伝専門医・不妊症看護認定看護師・生殖心理カウンセラー・体外受精コーディネーター 等も常勤しており、ご夫婦に向き合う環境が整っています。

まとめ

培養室は、命が始まる場所です。1つ1つの命を「大切に 丁寧に」を常に心がけています。 この治療は、現在も研究が続けられ、安全性や子供たちの成長について調査も行っていくことも課題となっています。
私達の役割は、高い知識・技術の研鑽を積み重ねることによりご夫婦の現状を理解し、ご意向に寄り添い、最良な治療を受けられるよう、お手伝いする事です。チーム一丸となって卵子・精子・受精卵に愛情を持って接したいと考えています。 何か不安なことがあれば、お気軽にお声掛けください。

阿部 史子(あべ ふみこ)

現職   MF室 胚培養士
     体外受精コーディネーター
資格   ・生殖補助医療胚培養士
     ・認定臨床エンブリオロジスト
     ・体外受精コーディネーター
     ・臨床検査技師
     ・臨床工学技士

菅井 千華(すがい ちか)

現職   MF室 胚培養士
     体外受精コーディネーター
資格   ・生殖補助医療胚培養士
     ・体外受精コーディネーター

山田 実穂(やまだ みほ)

現職   MF室 胚培養士
資格   ・生殖補助医療胚培養士