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健康コラム

第50話 「最新の脳・神経科学(のう・しんけいかがく)に基づくリハビリテーション」~ニューロリハビリテーションの紹介~

ニューロリハビリテーションとは?

 当院のリハビリテーション部で力を入れている取り組みの一つに「ニューロリハビリテーション」があります。ニューロリハビリテーションとは、神経科学(ニューロサイエンス)のエビデンスを応用したリハビリテーションを指します。

 近年の脳・神経科学の発展により、脳卒中などにより脳がダメージを受けても、集中的なリハビリにより脳機能の再編成が生じること(脳の可塑性)が分かっています。この脳の可塑性を効率的に誘導することで、動かしにくくなった手足の機能をできるだけ回復させ、その機能を日常生活動作に生かし、社会復帰を目指す概念や手続きがニューロリハビリテーションになります。その具体的な手法は、世界中で様々な方法が提案されています。当院では、効果が実証されているエビデンスレベルの高い方法を用いるために、日本だけでなく諸外国の脳卒中リハビリテーションのガイドラインで推奨されている方法を積極的に導入しています。以下に代表的なものを紹介させていただきます。

麻痺した手足の機能を改善するために・・・

CI療法

 米国で開発された上肢麻痺に対するニューロリハビリテーションの代表的なアプローチです(図1)。麻痺手の集中的な練習の他、生活内で麻痺手をどのように使用するとよいかを作業療法士と話し合い、生活内での麻痺手の使用を促進します。一般的には比較的麻痺が軽く、発症後の期間が長い(生活期)患者さんが対象となります。近年では重度の麻痺や発症後早期からの取り組みも報告されていますが、装具を用いるなどの工夫や様々な配慮が必要となります。

GRASP(段階付けと反復のある補足的上肢プログラム)

 カナダで開発された上肢麻痺に対するリハビリテーションプログラムです。CI療法と同様に麻痺手の集中的な練習や麻痺手の生活内使用を促進することがコンセプトですが、これらに加えて練習方法の写真付きの説明やアドバイスがわかりやすくまとめられた冊子を用いることが特徴です(図2)。冊子があることで、病棟や退院後の自主練習も継続しやすくなります。


麻痺の程度に合わせた(軽度~重度)プログラムが用意されており、重度の麻痺がある場合には電気刺激も併用します。カナダの脳卒中ガイドラインにも掲載されている方法ですが、日本ではまだ日本語版が作成されていなかったため、当院と東北大学の共同研究にて日本語版GRASP(Graded Repetitive Arm Supplementary Program)を作成しました。当院ではこれを用いて積極的な上肢治療を進めています。

ミラー療法

 鏡が入っている箱に両手を入れ、鏡を見ながら麻痺をしていない手を動かすことで、まるで麻痺した手が動いているような錯覚が生じます(図3)。麻痺した手と鏡に映る手が、きれいに重なるような位置に調節することがポイントです。もともとは切断患者の幻肢痛に対する治療法でしたが、脳卒中患者の麻痺手に対する効果も多く報告されています。近年では、ミラー療法中の手の動きに合わせて、麻痺手に電気が流れるような電気刺激を併用した方法も報告されており、当院でも実施しています。

末梢神経電気刺激

 IVESやMURO Solutionといった機器を用います。上下肢の機能改善を目的に実施しています。従来から、電気刺激療法は行われていましたが、手足を動かそうという運動意図の有無によらず筋肉を収縮させるものが一般的でした。近年では、手足を動かそうとしたときに対象とする筋肉の動きを検知してその筋肉に電気を流すことで、意図した運動を実現してくれる随意運動介助型電気刺激装置が開発されています。つまり、動かそうとした時だけ電気が流れ、運動をやめれば電機は流れなくなります。これにより、比較的自然な動きを実現できることに加え、長時間の装着が可能となります。この電気刺激と装具を併用し、生活で手を使うことを促進するHANDS療法も実施しています(図4)。

主に手の機能改善を目的に行われていましたが、当院では肩が弱い(亜脱臼がある)患者さんにも積極的に応用し、その効果を確認しています。
 またセンサートリガーモードを用いることにより、歩行のようなダイナミックな動作中でも、必要なタイミングで足の動きを補助することが可能となります(図5)。

末梢神経磁気刺激

 近年開発されたPathleaderという器械を導入しています。上下肢の機能改善を目的に実施しています(図6)。電気刺激と違い、磁気刺激は電極パッドを貼らずに実施可能であり、疼痛なく刺激が可能です。パットの貼替え作業がなく、かつ衣服を着用したまま刺激ができるため、短時間で様々な場所を刺激することが可能です。

これらのことから、患者さんと療法士の機器使用時の負担を少なくし、限られたリハビリの時間を有効に活用できることが大きな特徴と言えます。また、電気刺激では運動の誘発が困難であった(電気刺激では強い刺激を与えると痛みが生じやすい)重度の麻痺がある患者さんに対し、特に効果を発揮しています。

ボツリヌス療法

 手足の痙縮(筋肉がかたくなり動かしにくい状態)に対して、医師がボツリヌストキシンという薬剤を筋肉に注射し、痙縮をやわらげる治療法です。注射をするだけではなく、筋肉がやわらいだ状態で手足の練習をしっかりと行い生活の動作に活かすことや、ストレッチなどの自己管理方法の定着が非常に重要となります。※痙縮の詳細は、健康百話「さいせい」第35話「痙縮に対するボツリヌス療法」をご参照ください。

 以上、当院で行っている主なニューロリハビリテーションの方法について紹介させていただきました。上記の他にも、新しい技術を適宜導入しています。

 効果が示されているニューロリハビリテーションの方法は様々なものがありますが、患者さん一人一人の状態に合わせて適切な方法を選択することが重要となります。具体的には、発症後の病態や障害の程度、社会背景、本人・家族のニーズなども踏まえ、医師をはじめ関連職種と十分に協議したうえで慎重に判断します。また、適切な方法は一つとは限らず、発症後の時期に応じて複数の手法を組み合わせて実施することもります。

 当院では、根拠に基づく実践ができるよう、常に最新の知見を取り入れ、発展させる努力をしております。そして、入院された患者さん一人一人の目標達成に向けて、医師や関連職種と協力しながら、現在提供できる最善のニューロリハビリテーションに取り組んでいます。今後もスタッフ一同、より質の高いリハビリテーションの実現を目指し研鑽を続けていきたいと考えております。

最後まで読んでくださった皆様へ・・・

 近年の神経科学の知見では、麻痺した手足を単純に動かすだけでなく、日常生活の中で使う(参加させる)ことが非常に重要であることが再認識されています。上記のような特別な療法だけでなく、こういった知見を日常生活にぜひ活かしてみてください。例えば、「食事の際に麻痺手で茶碗を持つことができなくても、テーブルの上に腕を置き、茶碗に手を添えてみる。」「麻痺手でコップを持つことができなくても、添える程度でもよいので両手で持ってみる。」といったように、生活内の動作に麻痺手を参加させることが脳の可塑性を促進する重要なポイントになります。どうしても、日常生活では動かしやすい方の手を使う場合が多くなると思います。麻痺した手を使うことは簡単なことではありませんが、この文章を読んでくださった患者さんやその御家族の方は、ぜひ小さなことからでもよいので、生活の中で手足を使うことを挑戦して(勧めて)みてください。継続することにより、少しずつ動きに変化が見られる可能性があると考えています(少なからず、機能低下を予防する)。脳の可塑性への挑戦を続け、日々の生活がより良いものになることを願っております。

大瀧 亮二(おおたき りょうじ)

出身地  山形県寒河江市
最終学歴 東北大学大学院医学系研究科
     機能医科学講座博士前期課程 卒業
職  歴 平成24年4月 済生会山形済生病院入職
     平成21年4月 初台リハビリテーション病院入職
資  格 作業療法士
     認知運動療法士(認知神経リハビリテーション士)
     NDT(IBITA/JBITA認定ボバースセラピスト)
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