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健康コラム

第16話 アルコール関連疾患と体質との関係

健診センター 石川 仁 医師

適度な飲酒習慣とは?

習慣的、あるいは多量の飲酒習慣はアルコール依存症のみならず、高血圧症や脳卒中などの生活習慣病をきたすことが知られています。一方、少量の飲酒は虚血性心疾患に対して予防的効果があるとされるなど、飲酒による身体への影響は複雑です。こうした飲酒による健康影響を踏まえて厚生労働省が進めている「健康日本21」では、「節度ある適度な飲酒は1日平均日本酒換算で1合程度である」旨の知識を国民に普及すること、ならびに「多量飲酒者(3合/日以上)の減少」を目標に掲げました。

目標項目
(指標の目安)
対象 ベースライン値 中間実績値 目標値
節度ある適度な飲酒の知識に関して
(知っている人の割合)
男性 50.3% 48.6% 100%
女性 47.3% 49.7% 100%
多量に飲酒する人の減少に関して
(多量に飲酒する人の割合)仕様1
男性 4.1% 5.4% 3.2%以下
女性 0.3% 0.7% 0.2%以下

平成19年4月に発表された健康日本21中間評価報告書による中間実績値(表1)では、「節度ある適度な飲酒量の知識」の普及率は、男性48.6%、女性49.7%となり、目標値(男女とも100%)と比較して、あるいは目標策定時のそれぞれ50.3%、47.3%と比較しても普及率が上昇したとはいえない状況です。一方、多量飲酒者割合(%)の中間報告値も男性5.4%、女性0.7%となり、目標値(男性3.2%以下、女性0.2%以下)や目標策定時の値(男性4.1%以下、女性0.3%以下)と比較してむしろ上昇する結果となり、適正飲酒習慣の知識の普及や多量飲酒者の減少をめざした啓発活動はあまり進んでいないのが現状です。これは、節酒のための健康指導が集団を対象とする健康影響の一般論に終始し、節酒するための動機が個人にとって具体的な利益(疾病予防)として認識しにくいためと考えられます。

遺伝情報に基づく体質と飲酒習慣との関係

ところで、数年前のマスコミ報道で人の遺伝子配列決定が報じられ、親から受け継いだ遺伝情報に基づく個人差(これまで体質と呼ばれてきたもの)の存在が明確になりました。その後、体質と生活習慣病等の発症・進展との関連についても次々と報道され始めています。今回は各人に見られる体質と病気の罹患性(=かかりやすさ)との関連を、身近な生活習慣である飲酒を例にとってご紹介します。 はじめに、体内に吸収されたアルコールの分解過程をご覧ください(図1)。アルコールはアセトアルデヒド、酢酸を経て、最後に水と炭酸ガスになって体外から排出されます。

こうしたアルコールの分解過程には様々な酵素が働いています。とりわけアセトアルデヒドから酢酸への分解に関わる酵素(アルデヒド脱水素酵素)は飲酒される方にとって極めて重要な酵素です。皆さんはアルコールを摂取したすぐ後に顔が赤くなったり、心臓の鼓動が早くなったり、あるいは頭痛・吐気・眠気などの経験はありませんか。こうした症状をフラッシング反応といってアルコールが分解されて生じるアセトアルデヒドが原因と考えられています。さらにアセトアルデヒドは「人に対して発がん性を有する可能性がある」もので、わたしたちの体内に長時間さらしたくない物質です。人の遺伝子研究の進展によって、発がん性が指摘されているアセトアルデヒドを分解(≒無毒化)する力が人によって異なることが明らかになり、アセトアルデヒドの分解能力別に、1)十分に分解される(酒豪タイプ:日本人の約50%)、2)ほとんど分解されない(下戸タイプ:日本人の約10%)、3)それらの中間(日本人の約40%)の三グループに分けられることがわかりました。

酒豪タイプは顔色変えずに飲酒を続けられる人、下戸タイプはビールコップ一杯程度の少量アルコールで前述したフラッシング反応が現れる人、そして中間タイプの人は少量のアルコールで顔が赤くはなるが、ある程度飲み続けることの出来る人です。どのグループに属するかは各人の遺伝子型によって決まるものです。図2を見てください。これは酒豪タイプ遺伝子を有する人の割合(元筑波大学教授 原田勝二氏のデータより)と一人当たりのアルコール消費量(平成16年 国税庁データより)を都道府県別に示したものです。

酒豪タイプ遺伝子を持つ人の割合は秋田県、鹿児島県で多く、逆に少ないのが三重県や愛知県です。県民一人当たりのアルコール消費量も同じように秋田県、鹿児島県で多く、三重県と愛知県では少ない結果となり、アルコールの分解能力と飲酒量には相関があるようです。山形県は酒豪タイプ遺伝子を持つ人の割合が高いですが(全国第6位)皆さんはどのタイプですか。

体質と飲酒関連疾患との関係

さらに生まれながらの遺伝子型で決まっているアルコール分解能力の違いと実際の飲酒習慣とで特定の疾患にかかりやすいのかどうかも分かってきました。前述の下戸タイプの方は、お酒を受け付けない体質であるとの自己認識が強いので飲酒習慣を持つことはめったにありません。それに対して、顔が赤くなっても飲み続けることの出来る中間タイプの方は、酒豪タイプと同様に飲酒習慣を持つことが珍しくありません。この中間タイプの人が飲酒を続けると食道がんの罹患リスクが極めて高くなり(約50倍)、さらにそうした方が飲酒とともに喫煙習慣を持つとそのリスクが一層高まることが(約200倍)マスコミでも報道されました(下記の囲み記事)。受動喫煙にさらされながらの飲酒でも同様にリスクが高まるので、飲酒場所も含めてお酒の楽しみ方を再点検する必要があるかもしれません。

お酒弱いのに飲酒・喫煙、食道がんのリスクは190倍
2009年5月14日 読売新聞

顔がすぐに赤くなるお酒に弱い体質の人が飲酒と喫煙をすると、食道がんになるリスクが、飲酒も喫煙もしない人に比べ、最大190倍も高くなることが、東京大学の中村祐輔教授と松田浩一助教の研究でわかった。 同じ体質の人でも、飲酒・喫煙をしないと、リスクは7倍程度に下がった。体質を理解して生活習慣に気を配ることで、予防したり、早期発見したりできると期待される。
研究チームは、食道がんの患者1070人と健常者2832人で、約55万箇所の遺伝情報の違いを比較。発がん性が指摘されているアセトアルデヒドをアルコールから作る酵素と、アセトアルデヒドを分解する酵素の二つが、食道がんのリスクに関連していることを突き止めた。

アセトアルデヒドはお酒で気分が悪くなる原因物質で、たばこの煙にも含まれる。顔が赤くなるのは、アセトアルデヒドの分解能力が弱いためで、日本人の4割がこのタイプ。アセトアルデヒドを作る働きが弱いと、気分が悪くなる前に、ついつい余分に飲んでアセトアルデヒドが増える。 飲酒・喫煙の影響についても調べたところ、お酒に弱く二つの酵素の働きが弱い人が、1日缶ビール1本以上の飲酒と喫煙をすると、相乗効果が働き、お酒に強く飲酒・喫煙をしない人に比べ、食道がんのリスクが190倍も高くなっていた。

今回は飲酒時の顔色の変化で酒豪タイプ、下戸タイプ、あるいは中間タイプの判別を行いましたが、より正確に判別するには少量の細胞(血液、爪、髪の毛など)を用いた遺伝子検査が必要です。遺伝子検査では、このほか肥満しやすい体質や高血圧や糖尿病などの疾患にかかりやすいかどうかも一定の確率でわかります。最近では遺伝子検査を導入している病院・診療所も増えてきており、体質と疾病との関連性について関心が高まっていることが伺えます。科学的な裏付けに基づいた自分の"体質"を把握し、自分に合った生活習慣を継続、あるいは改善する、いわゆるオーダーメイドの疾病予防が始まりつつあります。ただし、こうしたオーダーメイドの疾病予防法を活用するにも、自分で生活習慣をコントロールできることが必要なのは言うまでもありません。

健診センター 石川 仁 医師

昭和35年生まれ
出身地  岐阜県
最終学歴 山形大学大学院 修了
職  歴 平成20年 済生会山形済生病院入職
資  格 日本人間ドック学会
     〔認定医・健診情報管理指導士〕
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